思い出の庭
外壁の応急処置が終わり、実家からピックアップしてきた母のガーデン雑貨を
ダーチャまわりにディスプレイしたり寄植えを作ったりした。
新旧パッチワークになった外壁。防腐剤塗りたての新しい板には、イギリス製の
ガーデンツールをかけた。熊手(rake/レイキ)と、園芸フォーク。
弧を描くメタル製オブジェは昔、ロンドンのChelsea Gardener (チェルシー・
ガーデナー)で入手した寄植え用。現地ではぎっしり水苔を詰めて観葉植物を
植え付けていたっけ。母が生きていた頃、このオブジェに銅葉ベゴニアを植栽した
ことがあってなるほどなぁと感心した。我ながらマザコンだなぁと思うのだ
けれども、母とは、かつて親友で一緒にガーデニングを楽しんでいたという感覚が
ずぅっとあった。会うと私達は、彼女が撮りためた世界のガーデンをめぐる番組を
夜ふかしして見たり、いろんなガーデンショップをめぐったり、母の庭に割れた
陶器やガラスを敷きつめたコーナーを作ったりした。ロシアや東欧諸国で
その国の園芸誌を買ってきては母に渡し「結局、どの国もイングリッシュ・
ガーデンをベースにしてるんだね」と紅茶を飲みながら話したりした。
まぁそんな思い出にひたりながら、壁面用のアイアンバスケットに花苗を寄植え
する。まったくもって彼女はガーデン用品を集めに集めたものである。寄植えに
用いた花はパンジー・ビオラ・ガザニア。いつもの農家さんで選ぶ花苗は、
こうしたいわゆる‘おばあちゃん花’が必ず揃えてあるところがいい。
添えたグリーンは斑入りアイビー、森に生えている蔓植物。私はよく、
森に「くださいね」と一声かけて植物をわけて頂く。この蔓植物はマサキの
ようだけれどよくわからない。きっとそのうち園芸博士が現れて、この植物の
正体を明かしてくれるだろう。
ところでパンジーのことをフランスでは‘思想’を意味する「パンセ」(pensee)
と呼ぶ、と植物にまつわる書物で知ってから「今日もパンセは物思いに
ふけってるかな?」とのぞき込むようになった。重さで前方に傾きがちに咲く
この花の顔を、深く思索にふけっているところと捉えたフランス人の感性。
クリーム色のきつねのてぶくろ(ジギタリス)が入ったブリキ缶は、スペインへ
行った時に母へのおみやげに買ってきたもので、もう花の絵の部分がやけている
けれどパッキングに難儀した記憶とセットで愛着がある。
スペインでは、バルセロナからアンダルシア地方へ移動する夜行列車の中で、
近くの青年がパウロ・コエーリョの『アルケミスト』スペイン語版を読んでいた。
アルケミストは、アンダルシアの羊飼い・サンチャゴが夢のお告げに従って
エジプトのピラミッドまで人生の叡智を学びながら旅をする物語。
サンチャゴは、フランスからスペインにかけてピレネー山脈沿いの巡礼地、
サンチャゴ巡礼からとったのだろう。
古いのこぎりの刃や陶器の花をかけた場所。ここはまだ何とか板がもっているので
板壁の応急処置はせず古いままだ。
ズッキーニ、ナス、ピーマン、銅葉レタス、銅葉マリーゴールド、紫キャベツ、
ミニトマト、バジル、シルバーリーフのガザニア。厳密なコンパニオンプランツ
ではなく、自分の感覚によるコンパニオン(仲間)達。これで‘パンセ’と
一緒に買ってきた苗たちはすべて、各コーナーにおさまった。
ここからは、越冬して毎年 顔を出すダーチャのレギュラー達。
セントーレア・モンタナ
キク科ヤグルマギク属
学名:Centaurea montana
英名:mountain cornflower
とげとげした花の姿が個性的な、きれいな紫色のセントーレア・モンタナ。
ヨーロッパ南部の山岳地帯を中心に分布する花で、‘モンタナ’はラテン語で
「高地、山」の意。東欧各地で帰国後の「おすそわけハーブティ」を
チョイスする時、「アルパイン」という表現によく触れる。どうやら
ヨーロッパの大山脈「アルプス山脈」のような高所に咲く山野草が
ブレンドされたお茶という意味合いで用いられている。
ちなみに‘セントーレア’はギリシャ神話に出てくる半人半馬の
ケンタウロスから。神話ではケンタウロス族のケイローンが負った傷を
セントーレアの花で治したとある。セントーレア(矢車菊)は種類が多く、
こちらはセントーレア・モンタナの白。
この庭に、昔々に植栽された芍薬(ピオニー)も満開になった。
ボタン科ボタン属
学名:Paeonia lactiflora
英名:Chinese peony
芍薬はシベリア、中国、モンゴルあたりが原産。日本には中国から入ってきたと
いう。江戸時代には茶花として愛でられていたというのだから
帰化した歴史も長そうだ。
昨日の夜は稲光、雷鳴と土砂降りが激しかった。真夜中の不意の出来事に、
やわらかな芍薬の花はどうなったろう。いろいろ気になって、ちっとも
じっとしていられない。雪に閉ざされている期間が長い分、暖かくなると
どうやら生命を謳歌するしかない選択肢。