ライダーハウスくろねこや
早く目が覚めた朝、licaさんに頂いたサンキャッチャーの周りに、もう何年も前に
ウィーンの手芸店で見つけたオーナメントを飾り付けた。緑の中にきらきらと輝く
透明なものがあると空間が華やいでとてもいい。
飾り付けて満足して二度寝する時になって、そういえば今日がネイティブ・
アメリカンが「ストロベリームーン」と呼ぶ6月の満月だと気がついた。ちょうど
苺の収穫時期と重なるのでこう呼ばれるそうで、それにしても「苺の頃の満月」
って表現は可愛いと思う。
ピオニー(芍薬)の向こう、野菜苗コーナーをのぞむ。
手前の玉ねぎとお芋のコーナーはあっという間に雑草ワールドになった。いつもの
ことながら、緑たちの成長スピードの早さには舌を巻く。二度寝から覚めたら
手入れをしよう。早起きをして外に出て、お風呂に入ってまた朝寝する。山鳩や
セキレイのさえずりを聴きながら、山の中のゲストハウスにでも滞在している
気分だ。まるで時が止まったような、こんな日常を送っているからちょっと
頭のネジが緩いのか、そもそもネジが緩んでいるからこういうライフスタイルに
なっているのか。この問題は、たまごが先かにわとりが先か未だによくわからない
のと一緒で、もしかすると永遠に答えは出ないのかもしれない。
ちょっといびつだけど、春先にハート状に植え付けたお芋の葉。何となく、
ハートに沿った形で葉を茂らせていた。玉ねぎの芽も伸びていて、まさかお芋も
玉ねぎも、こんなにファンシーなことになるとは想定もしていなかったろう。
大きなピオニーの花や、黄色や黒のパンセ(パンジー)を水に浮かべたり、庭の
あちらこちらを手入れしていたら、青いTシャツ姿のさわやかな人が自転車を
押して銀座坂を上ってきた。以前、ここがライダーハウスくろねこやだった時、
定宿していたという人だった。
ナルシマさんのギンザ洋装店のあと、ふつうにご家族が暮らす家だった時期を
経て、この建物はライダーハウスとしても活躍した。確かに、ペンキを塗る前は
当時のライダー達が残したサインという名のらくがきがたくさんあって
「くろねこやのおばちゃん有難う」「くろねこの‘あお’可愛い」という表記が
とても多かった。黒猫だけど‘あお’とはこれいかに?という疑問はさておき。
この‘おばちゃん’という人がとても慕われていて、数年に一度、この日のように
昔を懐かしんでライダーがふらり訪れる。中には、今は台湾で暮らしている
その‘おばちゃん’と文通しているというツワモノもいた。一体全体おばちゃんは
どれだけ愛されるお人柄だったんだろう。
廃材やいろんなものが雑多に置かれた物置に『くろねこや』の木の看板が残って
いる。それをつけたらきっと「ライダーハウスが復活した」と思われるだろうな。
今は可愛い東欧雑貨店だけど。
まさにここで寝泊まりしていたというその人は、すっかり様子の変わった室内に
感動していた。当時、二階にはあまり上がらず(何せ階段が今よりもっと急で
傾きも激しかった)、もっぱら仲間と一階で雑魚寝していたそうで「今みると
そんなに広くないのに、よくあんな人数で寝泊まりしたなぁと思って」と、
その頃のことを思い出しながら話す様子に、この人がどれほど楽しい時間を
ここで過ごしたかが垣間見えて微笑ましかった。
誰かのストーリーに触れるたび、その人の物語の片鱗にアクセスできた気がして、
何だかとても豊かな時間を共有できたような感覚にくるまれる。そしてふと思う。
あの人が醸し出していたさわやかさは、もしかするときらきらとした体験や
思い出が多いからなのかもしれないと。